追悼、グリーンスパン元議長。マエストロの警鐘と教訓
2026/06/25 08:50
【ポイント】
・グリーンスパン議長の「根拠なき熱狂」発言
・議長が見抜いたIT革命は本物だったが、株価が行き過ぎた!?
・AIブームは本物だとしても、株価は将来の利益を正しく予測しているか
・答えは事後的にしか分からない・・・
アラン・グリーンスパン元FRB議長が6月22日にご逝去されました。100歳でした。
ブラックマンデー
18年6カ月の長きにわたり議長を務め、「マエストロ(巨匠)」とも称されたグリーンスパン氏。87年8月11日にボルカー氏の後を継いで議長に就任しました。そして、10月19日にブラックマンデーが発生、NYダウが22.6%下落という未曽有の大暴落でした。グリーンスパン議長は、緊急電話会議でFOMCを開催して市場への大量の流動性供給を決定、わずか1日で株価を底打ちさせました。議長就任前は必ずしも金融市場での知名度が高くなかったグリーンスパン氏でしたが、ブラックマンデーへの対応を受けて懐疑の声は称賛に変わりました。
根拠なき熱狂
グリーンスパン議長をさらに有名にしたのが、96年12月の講演での「根拠なき熱狂」でしょう。これは当時のIT株ブームに警鐘を鳴らしたもので、間接的とはいえ中銀トップが株価に言及したのは異例のことでした。
グリーンスパン議長は早い段階でIT革命の効果を見抜いていました。90年代前半の米国経済は製造業の低迷により元気を失っていました。しかし、様々なデータを精緻に分析するグリーンスパン議長は労働集約的なはずのサービス業で生産性が飛躍的に向上していることに気付きました。それがまさにIT革命の果実だったのです。
96年12月の講演で、グリーンスパン議長は、(IT革命を背景とした)低インフレがPER(株価収益率)の上昇に寄与していると指摘したうえで、「しかし、根拠なき熱狂が資産価格を不当に押し上げ、その結果として予想外かつ長期にわたる収縮を招きかねないことを、我々はどうやって知ることができようか」と疑問を呈しました。
グリーンスパン議長がそうした警鐘を鳴らした時、IT株の象徴といえるナスダック総合指数は1,300。その後もグリーンスパン議長は折に触れ警鐘を鳴らしたものの、ナスダック総合指数は上昇を続けて2000年3月に5,048でピークをつけました。タイミングが悪いことに、ナスダック総合指数がピークをつける4日前に、グリーンスパン議長は「ニューエコノミー」と題する講演で、高い株価の一部は(ITによる)生産性の向上によって正当化されるという趣旨の発言をしていました。ナスダック総合指数は2002年10月にようやく1,114で底を打ちました。したがって、グリーンスパン議長の警鐘は、6年を経て正しかったことが証明されたと言えなくもありません。
現在への教訓
以上から、発言のタイミングと株価の動きだけをみれば、グリーンスパン議長は優れた投資家とは言えないでしょう。もっとも、ここでグリーンスパン議長の評価を貶めたいわけではありません。我々が学ぶべき教訓は以下の通りでしょう。
物事の本質と資産の価格形成は必ずしも整合的ではないということ。グリーンスパン議長が見抜いたようにIT革命は本物でしたが、それを囃(はや)した株価形成は行き過ぎでした。もちろん、現在のAIブームがドットコム・バブルの再来と言いたいわけではありません。ドットコム・バブルでは、利益が全くでていないスタートアップ(新興企業)の株価が、HPへのアクセス数が急増しているというだけで高騰しました。一方で、現在のAIブームは巨額の利益やキャッシュフローを持つ大型企業にけん引されています。ただ、それらの企業の株価が将来の利益やキャッシュフローをどこまで正しく予測しているかは誰にもわからないところでしょう。
ほかにも、最強の中央銀行のトップですら相場(のタイミング)を予測できないということ。また、最も懐疑的(楽観的)だった人が強気(弱気)に転じざるを得ない状況になった時こそ、往々にして相場の天井(底)だということも言えるでしょう。
なお、グリーンスパン議長はドットコム・バブル崩壊後に、「バブルかどうかを正確に見極めることは難しい」、「バブルかどうかは崩壊して初めて分かる」などと述べています。まさに、その通りかもしれません。
・グリーンスパン議長の「根拠なき熱狂」発言
・議長が見抜いたIT革命は本物だったが、株価が行き過ぎた!?
・AIブームは本物だとしても、株価は将来の利益を正しく予測しているか
・答えは事後的にしか分からない・・・
アラン・グリーンスパン元FRB議長が6月22日にご逝去されました。100歳でした。
ブラックマンデー
18年6カ月の長きにわたり議長を務め、「マエストロ(巨匠)」とも称されたグリーンスパン氏。87年8月11日にボルカー氏の後を継いで議長に就任しました。そして、10月19日にブラックマンデーが発生、NYダウが22.6%下落という未曽有の大暴落でした。グリーンスパン議長は、緊急電話会議でFOMCを開催して市場への大量の流動性供給を決定、わずか1日で株価を底打ちさせました。議長就任前は必ずしも金融市場での知名度が高くなかったグリーンスパン氏でしたが、ブラックマンデーへの対応を受けて懐疑の声は称賛に変わりました。
根拠なき熱狂
グリーンスパン議長をさらに有名にしたのが、96年12月の講演での「根拠なき熱狂」でしょう。これは当時のIT株ブームに警鐘を鳴らしたもので、間接的とはいえ中銀トップが株価に言及したのは異例のことでした。
グリーンスパン議長は早い段階でIT革命の効果を見抜いていました。90年代前半の米国経済は製造業の低迷により元気を失っていました。しかし、様々なデータを精緻に分析するグリーンスパン議長は労働集約的なはずのサービス業で生産性が飛躍的に向上していることに気付きました。それがまさにIT革命の果実だったのです。
96年12月の講演で、グリーンスパン議長は、(IT革命を背景とした)低インフレがPER(株価収益率)の上昇に寄与していると指摘したうえで、「しかし、根拠なき熱狂が資産価格を不当に押し上げ、その結果として予想外かつ長期にわたる収縮を招きかねないことを、我々はどうやって知ることができようか」と疑問を呈しました。
グリーンスパン議長がそうした警鐘を鳴らした時、IT株の象徴といえるナスダック総合指数は1,300。その後もグリーンスパン議長は折に触れ警鐘を鳴らしたものの、ナスダック総合指数は上昇を続けて2000年3月に5,048でピークをつけました。タイミングが悪いことに、ナスダック総合指数がピークをつける4日前に、グリーンスパン議長は「ニューエコノミー」と題する講演で、高い株価の一部は(ITによる)生産性の向上によって正当化されるという趣旨の発言をしていました。ナスダック総合指数は2002年10月にようやく1,114で底を打ちました。したがって、グリーンスパン議長の警鐘は、6年を経て正しかったことが証明されたと言えなくもありません。
現在への教訓
以上から、発言のタイミングと株価の動きだけをみれば、グリーンスパン議長は優れた投資家とは言えないでしょう。もっとも、ここでグリーンスパン議長の評価を貶めたいわけではありません。我々が学ぶべき教訓は以下の通りでしょう。
物事の本質と資産の価格形成は必ずしも整合的ではないということ。グリーンスパン議長が見抜いたようにIT革命は本物でしたが、それを囃(はや)した株価形成は行き過ぎでした。もちろん、現在のAIブームがドットコム・バブルの再来と言いたいわけではありません。ドットコム・バブルでは、利益が全くでていないスタートアップ(新興企業)の株価が、HPへのアクセス数が急増しているというだけで高騰しました。一方で、現在のAIブームは巨額の利益やキャッシュフローを持つ大型企業にけん引されています。ただ、それらの企業の株価が将来の利益やキャッシュフローをどこまで正しく予測しているかは誰にもわからないところでしょう。
ほかにも、最強の中央銀行のトップですら相場(のタイミング)を予測できないということ。また、最も懐疑的(楽観的)だった人が強気(弱気)に転じざるを得ない状況になった時こそ、往々にして相場の天井(底)だということも言えるでしょう。
なお、グリーンスパン議長はドットコム・バブル崩壊後に、「バブルかどうかを正確に見極めることは難しい」、「バブルかどうかは崩壊して初めて分かる」などと述べています。まさに、その通りかもしれません。
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