今月の特集

2019年01月購買力平価とビッグマック指数

「購買力平価とは」

外国為替に関連した投資の経験のある方なら、購買力平価という言葉を聞いたことがあると思います。

購買力平価、PPP(Purchasing Power Parity)とは、通貨の異なる二つの国であっても、同じモノが同じ値段で買えるはずだという考えを基本としています。別の言い方をすると、それぞれの通貨で表された値段が同じになるように、2つの通貨の交換レート、つまり為替レートが決まるという考えです。そして、実際の為替レートには購買力平価に近づけるような力が働くと考えるわけです。

ビッグマック指数とは?
分かり易い例として、よく説明に使われるのが、ビッグマック指数です。ビッグマック指数は、約30年前から英国の経済誌「エコノミスト」が発表しているもので、世界の多くの国で購入できるハンバーガーの価格を比較することで、「適正な」為替レートを算出しようというものです。

ビッグマックの価格には、肉や野菜、小麦などの原材料費、輸送費、作る人や売る人の人件費、店舗の賃貸料や光熱費など、様々な経済活動のコストが含まれます。したがって、それらを比べて為替レートを算出することに意味はあると、もっともらしい解説を付けることも可能です。

今年7月11日付けの同誌の記事に基づけば、ビッグマック1個が米国で5.51ドル、日本で390円だから、ドル円のビッグマック指数は1ドル=70.78円(=390÷5.51)となるわけです。実際のドル円は今年の夏場以降、概ね110円ちょっとで推移しているので、円がドルに対して3割以上割安になっている(ドルが円に対して割高になっている)と判断することができます。

もっとも、だからといってドル円が70.78円に向けて直ちに修正されるというものでもないでしょう。「エコノミスト」誌自体が、「ビッグマック指数は、為替レートの精緻な尺度を目指して作られたわけではない。単に、購買力平価を分かり易くするためのツールに過ぎない」と断わっています。つまり、シャレだと。

日米のビッグマックの違いは?
ところで、購買力平価の基本は「同じモノが同じ値段で買える」ということでした。そこで疑問が浮かんできました。同じ「ビッグマック」であっても、アメリカのものは日本のものに比べて馬鹿デカいのではないか、つまり「違うモノ」ではないか、と。

仮に、アメリカのビッグマックが日本の1.5倍の大きさだとすれば、アメリカのビッグマック1個と比較するのは日本のビッグマック1.5個であるべきです。先ほどの計算でいけば、ビッグマック1個が米国で5.51ドル、日本でビッグマック1.5個が585円(=390円×1.5)だから、ドル円のビッグマック指数は1ドル=106.17円(=585÷5.51)となります。

この仮説が正しければ、実際の為替レートにかなり近づきます。そう思って、ネットで調べてみました。ビックマックの重量は分からなかったので、カロリー量を比較しました。なんと・・・! ほとんど同じでした。アメリカが540kcal、日本が530kcal(公式HPより)。

筆者の仮説は木っ端みじんになりました。今年7月時点のドル円のビッグマック指数は、やっぱり1ドル=70.78円でよかったようです。なお、Lサイズのソフトドリンクでは、量に1.5-2倍の差があるようです。もちろん、米国の方が大きいです。

 

「購買力平価の正しい使い方」

ここまで、購買力平価、PPP(Purchasing Power Parity)の一例として、ビッグマック指数について解説しました。以下では、もう少し精緻な購買力平価について考えてみます。

購買力平価には、二国間でモノの価格を直接比較する絶対的購買力平価と、基準時点の為替レートにそれぞれの国の物価の変化を反映させて求める相対的購買力平価があります。

絶対的購買力平価の限界
ビッグマック指数は絶対的購買力平価の一種ですが、「適正な」為替レートを一つの商品で決めようというのはさすがに乱暴でしょう。そこで、できるだけ多くのモノやサービスを集めたグループ(「バスケット」と呼びます)を作り、二国間で価格を比較して購買力平価を求めるわけです。
ただし、一国の経済活動を代表するような、意味のある「バスケット」を作ろうとすれば、膨大な労力と時間がかかります。そのため、利用できるデータは限られており、更新頻度が低いという難点があります。

絶対的購買力平価の代表は、IMF(国際通貨基金)が公表しているものでしょう。これは、国連が収集している各国1000項目のデータに基づいています。もっとも、IMFの購買力平価は、各国の通貨で表されたGDP(国内総生産)などの経済データを比較するための換算レートとして利用されており、「適正な」為替レートを示す意図はありません。

また、二国の経済構造が大きく異なる場合に、購買力平価と実勢レートが大きく乖離する傾向があるようです。
例えば、2017年の米ドル円は実勢レート(年間平均)が1ドル=112.15円、IMFの購買力平価で1ドル=100.43円です。両者のかい離は10%ちょっとです(実勢レートが割安)。
ところが、2017年の対米ドルでのトルコリラは、実勢レートが1ドル=3.65リラ、IMFの購買力平価は1ドル=1.42リラです。リラの実勢レートは購買力平価の実に2.6分の1に過ぎません(実勢レートが割安)。
では、リラの割安が修正されて購買力平価に回帰するのかというと、必ずしもそうではありません。リラは2018年8月に一時1ドル=6.88リラまで下落しました。かい離はさらに拡大したわけです。

相対的購買力平価の限界
一方、相対的購買力平価は、各国が公表する物価指数を用いるので、比較的簡単に計算することができます。物価上昇率の高い国の通貨が、低い国の通貨に対して下落するのが基本です。物価が上昇しているということは、通貨の購買力が低下していることと同義だからです。

相対的購買力平価は、二国間の貿易収支がある程度均衡している時点を基準とし、それに二国の物価変化率の差を反映させて求めます。

ただし、基準時点をいつにすべきか、判断が難しいかもしれません。何種類かある物価指数のなかで何を用いるかによっても、結果は大きく異なる可能性があります。また、相対的購買力平価は時系列で求められますが、基準時点から時間が経過するほどそれぞれの国の経済構造は変化しているはずなのに、それが考慮されないという欠点もあります。

相対的購買力平価の具体的な例をみてみましょう(下図)。今年10月の米ドル円の実勢レート(月間平均)は1ドル=112.80円です。購買力平価は、消費者物価ベースが1ドル=122.19円、企業物価ベースが1ドル=96.13円、輸出物価ベースが1ドル=67.65円です。したがって、米ドル円の実勢レートは消費者物価ベースの購買力平価を下回り(米ドルが割安)、企業物価や輸出物価ベースの購買力平価を上回ります(米ドルが割高)。つまり、割高か割安かの判断は真逆になります。

1973年以降、米ドル円の実勢レートは、購買力平価の消費者物価ベースを上限、輸出物価ベースを下限、企業物価ベースを両者の間とする右下がりのトンネルの中を推移してきたことがわかります(消費者物価ベースと企業物価ベースの基準時点は1973年、輸出物価ベースの基準時点は1990年)。中長期的にみれば、実勢レートと購買力平価はある程度パラレルに推移するのですね。

ただ、ここに一つカラクリがあります。実勢レートが購買力平価に近づくという関係だけでなく、実勢レートが購買力平価を変化させている側面もあるのです。例えば、実勢レートが米ドル高円安になれば、輸入品の価格上昇を通じて日本の物価は上昇し、米ドル円の購買力平価も米ドル高円安方向に変化することになります。


購買力平価はあくまで目安
結局のところ、冒頭で述べたように、購買力平価は、通貨の異なる二つの国であっても、同じモノが同じ値段で買えるはずだという考えを基本にしています。しかし、実際には、経済構造の違い、規制や文化・嗜好の違い、輸送コストなどを考慮すれば、同じモノが同じ値段で買える必要はないはずです。つまり、実勢レートが購買力平価に近づかなければならない理由は、実はあまりないことになります。

ただし、多くの投資家が為替レートの判断基準として何らかの購買力平価を参考にしています。そのため、あくまで目安程度には使えるのではないでしょうか。

ビッグマック指数が示す英ポンドの割安
ところで、全くの偶然ですが、18年12月、あるメディアが「ビッグマック指数に基づけば、英ポンドは相当な割安だと判断できる。したがって、英国議会がブレグジット協定案を否決しても(英ポンド安要因)、英ポンドの下落余地は限られる」という趣旨の記事を配信しました。

ところが、日本で翻訳記事が配信された数時間後、メイ首相が勝ち目のない議会採決を延期したため、英ポンドは対米ドルで1.3%下落して、17年4月以来の安値をつけました。やはり購買力平価と目先の為替相場を関係付けようとすることには無理があるようです。

ちなみに、その記事で英ポンドより割安だと紹介されたのが日本円でした。日本円は、主要10通貨のなかで最も割安と判断されました。昨今の訪日外国人観光客の急増の陰に、「日本円が割安だから」というのはあるかもしれません。


*本稿はマイナビニュース18年12月6日付「騙されない投資家になるために 第17回 購買力平価って何?」と12月14日付「同第18回 購買力平価をどう使う?」を加筆・修正しました。

(チーフエコノミスト 西田明弘)

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